臨床発達心理実践研究2011 第6巻 5-10
自閉症児者の社会性に関する発達研究の最前線
岐阜大学
自閉症児者の社会性研究を,発達的視点よりレヴューし,それが定型発達児者と異なる機能連関により形成されることを指摘した。具体的には①他者の心の理解は,直観的心理化に障害を持ちつつ命題的心理化を形成する,②他者の情動の無意識的処理に障害を抱えつつ意識的処理は可能となる,③無意識での身体反応にみられる自他関係理解に障害を持ちつつ視覚的自己理解や概念的自己理解は形成することである。また自閉症児者は定型発達児者と異なる独自な形で,直観的心理化,情動の無意識的処理,無意識での身体反応にみられる自他関係理解を持つ可能性があり,その共有経験の保障を支援の観点から論じた。
【キー・ワード】自閉症,直観的心理化,情動の無意識的処理,自他関係理解,共有経験
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 11-17
自閉症スペクトラム障害における認知・言語・コミュニケーション発達研究の最前線
――心の理論の視点からの展望
東京学芸大学教育学部
自閉症スペクトラム障害における認知,言語,コミュニケーション発達に関する今日の研究動向を心の理論の視点から展望した。近年,心の理論を捉える方法論は多様化し,社会的な文脈をもつコミュニケーション場面での対人認知や,表情などの非言語的で感性的な側面の評価に関心が向けられている。また,心の理論課題の達成と言語力との関係に関する研究知見から,構造が明確な場面であれば言語を活用した社会的問題の解決ができる可能性が示唆された。さらに,ナラティブの発達と心の理論の獲得との関係が注目されているが,自閉症スペクトラム障害の人たちにユニークなナラティブと心の理論の生成に関する検討は今後の検討課題と考えられた。
【キー・ワード】自閉症スペクトラム障害,心の理論,認知,言語,コミュニケーション
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 18-25
自閉症児への包括的発達アセスメントと支援
――SCERTSモデルによる
岩手県立盛岡峰南高等支援学校
仲野 真史
東京学芸大学附属特別支援学校/筑波大学人間総合科学研究科
本論文の目的は,SCERTSモデルに基づく実践事例の報告を通して,自閉症スペクトラム障害(ASD)児に対する包括的アプローチの有効性について検討することである。本事例では,言語発達水準が初語から初期語連鎖段階のASD男児(CA4:9)のコミュニケーションと情動調整に関する力の促進を目標に,彼の日常生活の場でSCERTSモデルに基づく包括的な発達アセスメントと支援が行われた。そのプロセスと成果を報告し,ASD児に対する包括的支援に必要な観点・方法論とその有効性とについてSCERTSモデルの特徴から整理,考察した。
【キー・ワード】SCERTSモデル,包括的発達アセスメント,情動調整,家族中心アプローチ
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 26-35
自閉症児における社会性発達の支援と展望
筑波大学附属大塚特別支援学校
若井 広太郎
筑波大学附属大塚特別支援学校
現在,特別支援教育において人間関係や社会性支援の必要性が強調されるようになってきた。障害のある子どもにとっては,自己の要求や拒否,主張を他者に伝えることや自分自身をポジティブに捉える自尊感情・自己効力感を抱きながら主体的に社会・文化的活動に参加できることが重要である。このような社会性の発達を支援する教育現場では,将来の社会参加と自立に向けた適応スキルの獲得のみならず,他者との関係性の構築・維持を基盤に様々な活動の場を共有しながら個性ある自己の育ちを支援することが望まれる。しかし,自閉症はじめ発達障害のある子どもにとっては,対人関係の困難さが顕著にあり,彼らの社会性を「関係(環境)」への支援も含め,どのように支援したらよいのかが課題となっている。本稿では,近年の社会的認知発達研究を背景に開発された「自閉症児のための初期社会性発達支援プログラム(Early Social Program for Autism : E-SPA)」の理論的背景と概要,具体的実践の紹介を通して,自閉症児における社会性発達支援の可能性と今後の課題について考察する。
【キー・ワード】初期社会性発達アセスメント,意図の共有
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 36-42
行動問題を示す自閉症スペクトラムへのアプローチ
――応用行動分析学の立場から
東京学芸大学 雲柱社
太田 智美
ワークスタジオかがわ
これまで,応用行動分析学の理論に基づいた,行動問題への効果的なアプローチが数多く開発されてきた。本稿においては,それらのアプローチの概略を紹介し,その人の生活支援の視点から効果が認められてきたPositive Behavior Supportを用いた実践を報告した。家庭の食事において,行動問題を示す広汎性発達障害児1名を対象として,支援の実施者となる母親との協議から,支援計画を立案した。また,母親に支援の実施に対して自己記録を依頼した。結果的に,行動問題に顕著な減少がみられず,実施率も低かった。この結果より,支援計画の実施において,実施者の行動随伴性を明確にすることの重要性が示唆された。さらに,支援文脈についての客観的なアセスメントの検討が今後の課題としてあげられた。
【キー・ワード】行動問題,応用行動分析学,PBS
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 43-54
自閉症スペクトラム者のキャリア支援
医療法人心の会目黒駅前メンタルクリニック
本研究は,大学内の就職課で自閉症スペクトラム(ASD)が疑われる学生に,認知行動療法を応用し,キャリア支援を行うことで就職に結びつけた実践である。学生の希望職種を最重視し認知や行動を促すスクリプト,可視化,心の理論を中心に,開発教材も活用しゴールを明確にした。学生本来のアイデンティティや,エンパワメントを導き出す2点に着目し,ケアマネジメントを実施した。通常,学生は発達的視点を持ったキャリア支援で, 通常3~6ヶ月,12回程度でのセッションで,3年連続90%の就職内定率を達成した。本事例は3年次から卒業後まで20ヶ月,計60回のセッションを要したが,セッションを個別支援に切り替えて応用することで希望職種を勝ち取った。しかしながら,ASDの学生の支援には課題も多く,今後の対策についても述べることとした。
【キー・ワード】自閉症スペクトラム,認知行動療法,スクリプト,エンパワメント
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 55-62
アスペルガー症候群当事者の自己感と当事者研究の可能性
東京大学先端科学技術研究センター
アスペルガー症候群と呼ばれる人たちを,“典型発達者と比べて他者の心理を推論する能力が低い”とする「心の理論」仮説が改められつつあり,中枢性統合の弱さを原因とする“自己感の立ち上げにくさ”という特徴が注目されている。「心の理論」仮説に比べれば,その説明は私の経験から乖離はしていない。しかしなお疑問が残るのは,その特徴は不変なのかということだ。本論では自己感の立ち上げにはオリジナルな構成的体制が必要であることを述べ,その構成的体制を立ち上げるために,自助グループの中に当事者研究を導入することを提案する。
【キー・ワード】中枢性統合,自己感(sense of self),当事者研究,自助グループ,依存症
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 68-74
実践交流型研修における保育支援の力量形成
――実践のふりかえりによる学びの検討
帝京大学
秦野 悦子
白百合女子大学
日本臨床発達心理士会主催の実践研究プロジェクト「保育支援」において企画された実践交流型研修「集団保育を支援する巡回発達相談」を実践のふりかえりの機会と位置づけ検討した。研修の感想文の要旨をKJ法によりカテゴリー分析した結果,〈課題の明確化〉〈知識・情報の獲得〉の順に多く出現したことから,参加者は,実践課題をふりかえり,明確化する機会として研修を活用したことが分かった。また,〈意欲形成〉の機会としてのふりかえりも認められた。さらに,研修参加者の力量形成の資源に関する実態調査から,外部研修から得た実践的知識を職場内へと還元し,自らの実践のふりかえりにつなげることが課題となっていると示唆された。
【キー・ワード】実践交流型研修,保育支援,力量形成,ふりかえり
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 75-85
特別支援学校における「障害児のきょうだい支援」
――保護者ニーズの他県との比較と支援活動の試行
福井県特別支援教育センター
福井県のA特別支援学校の保護者を対象に「障害児のきょうだい支援」に対するニーズ等を調査した。その結果,横浜国立大学教育人間科学部附属特別支援学校の保護者を対象とした調査結果と同様に,過半数の保護者が「特別支援学校できょうだい支援活動が行われるなら参加させたい」と回答した。そこで,A特別支援学校において「きょうだいに対する支援活動」を試行し,特別支援学校が実施主体となって「きょうだい支援」を行う場合の効果や課題について検討した。試行した保護者対象の学習会や「A特別支援学校きょうだい会」に対しては参加者や運営に携わった教員から概ね好評な評価が得られ,特別支援学校において実施可能なきょうだい支援活動の一つのモデルを提案することができた。
【キー・ワード】障害児,きょうだい支援,きょうだい会,保護者のニーズ,特別支援学校
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 86-94
知的障害児への機会利用型指導法に基づくコミュニケーション支援
――特別支援学校の日常生活場面において
埼玉大学教育学部附属特別支援学校
藤野 博
東京学芸大学教育学部
知的障害児1名に対して,特別支援学校の日常生活場面において,機会利用型指導法に基づき自発的要求言語の獲得を目的とするコミュニケーション支援を行った。その結果,指導場面において対象児に自発的要求言語が生起されるようになった。また,要求充足者を変えた指導,対象物を変えた指導,指導場所を変えた指導においても要求言語が自発されるようになり,指導3ヵ月後にも要求言語が自発され,知的障害特別支援学校の日常生活場面における機会利用型指導法に基づくコミュニケーション支援の有効性が示唆された。保護者との連携により,形成されたコミュニケーションスキルの家庭への般化が今後の課題として考えられた。
【キー・ワード】知的障害,機会利用型指導法,コミュニケーション
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 95-105
集団不適応の生徒に関する支援及び支援者へのコンサルテーション
埼玉県立上尾特別支援学校
コーディネーターとして校内外の様々な集団不適応をおこす児童生徒に関わったが,対象児への支援とともにその対象児に関わる多くの支援者に心理教育的援助をはたらきかけたり,様々な環境を調整することで,結果的に児童生徒が大きく変容するという事例を多数経験してきた。このことは,児童生徒がいかに周囲の環境から影響を受けやすいかを如実に物語っている。ここでは,特別支援学校高等部で現在も支援を継続している生徒について報告する。知的障害のある高等部1 年生のこの事例は,集団不適応のパターンとしては最も典型的と思われるが,この試みから読み取れる示唆を教育・福祉等の現場でも活かせていただけたら幸いである。
【キー・ワード】集団不適応,支援者へのコンサルテーション,環境調整,共通理解,PDCAサイクルによる継続支援
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 106-114
重複障害児への数量の操作と課題解決の過程を理解させる支援
福岡県立田主丸特別支援学校
本研究では,肢体不自由と知的障害のある児童(6歳)へ,これまでの生活経験から本児が獲得できている数唱と1対1対応を活用し,10までの具体物を数える方法に新たな数え方を獲得させ,10以上の数量を理解させる試みを行った。主に3期において,段階的に本児がわかる方法での操作と数え方を理解させ,それらを言葉と合致させていく支援を行った。1期は1位数の加法と減法,2期は1位数の加法(繰り上がり)と10から引く減法,3期は2位数の加法(繰り上がり)と減法(繰り下がり)の操作と数え方の理解を促した。本児に対して,見てわかる具体物での操作,行動へと移行できる言葉を活用させることで,数量の把握やその変化についての理解を深めることができた。
【キー・ワード】数量を把握できる操作,数え方,見てわかる具体物,行動へと移行できる言葉
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 115-121
認知特性と個別ニーズに基づいた学習支援
――算数の遅れが顕著な小学4年生の事例
兵庫教育大学連合学校教育学研究科
松村 京子
兵庫教育大学連合学校教育学研究科
学年が進むにつれ学習の遅れが顕著になると,学習困難の累積に加え,情緒・心理的な二次的不適応症状が見られることがある。そのような不適応を予防するためにも,低学年時に基礎学習を積み重ねることができなかった児童には,個別ニーズに基づいた学習支援が必要であると考えられる。本研究では,算数の学習の遅れが顕著になり,さらに行動面でも問題が生じてきた小学4年生女児に対して,認知特性に応じた個別学習支援を行った。本人のつまずき箇所に遡って行った個別学習支援により,学習面だけでなく,学習困難に由来する心理的負担を軽減することができることが示唆された。
【キー・ワード】算数,学習困難,個別支援,小学生,アフタースクール
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 122-130
話を聞くことが苦手なアスペルガー症候群の児童へのメモを取ることの指導による支援
特定非営利活動法人発達障害児応援団 NPOばく
今泉 依子
特定非営利活動法人発達障害児応援団 NPOばく
郷式 徹
静岡大学教育学部
聞くことが苦手なアスペルガー症候群の小学4年生男子児童を対象にして,本児の素早く書くことができる能力を活かし,聞きながらメモを取ることの指導を行い,その効果について検討した。メモの取り方を明確化,定型化したことはワーキングメモリの負荷の軽減と衝動の抑制を図るために有効であった。また,メモを取る方略を容易にしたことにより,日常生活においても聞くときにメモを取るなど般化させることができた。聞き方,話し方の方略の獲得にも有効であった。文脈を理解しながら矢印を使い図式化したメモは,話の概要を第三者にわかるように話すことができ自己評価を高めることができた。
【キー・ワード】メモ,ワーキングメモリ,衝動の抑制
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 131-137
A町における療育事業立ち上げの取り組み
――発達障害に特化した療育プログラムの開発と町への移行
おかやま発達障害者支援センター
おかやま発達障害者支援センターは,療育資源の少ない岡山県北部のA町からの「町内に発達障害児の療育の場を作りたい」という要望を受け,発達障害の特性があり生活年齢4~5歳,太田ステージⅢ-1~Ⅳ-1の子どもを中心とする療育プログラムを町の早期支援の実情をふまえながら開発した。それを町に普及し,町独自で継続的に療育が行えるよう,町の早期支援を担う保健師や保育士を担当者とし,人材育成を行った。その結果,開発した療育プログラムに沿った療育が町の担当者により可能になった。
【キー・ワード】発達障害,療育,保育士,人材育成,早期支援
臨床発達心理実践研究2011 第6巻 138-144
A地域を基盤とした発達障害児の母親支援システム構築の過程と課題
――インフォーマルサービスの開拓における専門家の役割に焦点を当てて
山口県立大学社会福祉学部
本稿は,発達障害児を育てる母親を支援するという側面から地域を基盤として母親から発信されたニーズと地域課題を短期レベルで評価・検討し,具体的な活動を計画・展開してきた実践過程を報告し,インフォーマルサービスを開拓するための要素と専門家の役割を考察した。その結果,発達障害児支援の多様なサービスを開拓するためには専門家の役割が大きいことが示唆された。発達障害児の発達支援に携わる専門家が,発達障害児とその家族の代弁者として社会に発信することで課題の社会化を図ることが可能になることが考えられる。今後の課題は,発達障害児を育てる母親支援の実践と研究をさらに継続・発展させ,地域における臨床発達心理士等の専門家の社会的役割について社会福祉分野から探究することである。
【キー・ワード】発達障害児,母親支援,インフォーマルサービス,専門家の役割